選定者私物の本

案内文02

「ほかの誰かではない自分」編集者・鈴木朝子

『アーバンサバイバル入門』服部文祥

若い人たちに向けた読書案内をウェブサイトで始めた時、個人的な愛読書をたくさん紹介できるサイトになりたいと思っていた。ちょっと偏った愛情、この本をこんなに好きなのは自分だけなんじゃないか、という感じの紹介文が集まるといいなと思っていた。誰からもある程度「いい本だった」と思ってもらえる本よりも、どこかにいる誰かに恐ろしいほど刺さっていく本を、ひとつでも多く載せられたらと思った。

こういうものを好きなのは自分だけかもしれないな、と気づくことが、ほかの誰かではない自分を作っていくのだと思っている。自分がほかの誰かではない自分だという証拠を、自分に対して積み上げていくことが、生きている実感をくれるのだとも思う。そして多分、本はそれを手伝ってくれる。

『アーバンサバイバル入門』のあとがきに、服部文祥さんはこう書く。


街の生活においても、山旅のように、自分の輪郭をはっきりさせて生きたいと思ってきた。自分が自分であると感じる最短の方法は、自分の体を動かすことである。自分の頭で考えることである。ダイレクトに生きる感覚を味わうためには、自分の生活をできるだけ自分の力で作り出していくのがもっとも速い。


服部さんの本を読めば、服部さんがその手で掴み取っていく「ダイレクトに生きる感覚」を、服部さんの文章を通してなぞることができる。でも、それは「自分の体を動かし、自分の頭で考える」ことではないし、そこが本の限界なのだと思う。本の限界を本から教えられ、本から一歩進んでみたいと感じるのは、豊かな経験だと思う。

生きている感覚をその五感で確認しながら前に進んでいる人の言葉は力強い。まして服部さんは文章も上手で、さらに伝えることにおいてたくさんの工夫を惜しまない。読書案内を通してすでにたくさんの役得を手にしたけれど、こういう本をさらっと教えてもらえて幸せだなぁとつくづく感じる。

そういう理屈はともかく、この本は本当に面白い。読後、世の中が少し良いものに見えて、明日が少し明るいような気がしてワクワクした。服部さんが暮らす地球という場所が、私が住むここと同じ場所ならば、これからもっともっと楽しいことが待っているような気がした。それは気のせいではないのだろうとも。

あらすじ/『アーバンサバイバル入門』服部文祥

著者・服部文祥は、長期の山行において装備を極力持たず、食料を現地調達する「サバイバル登山」を行う登山家で、その様子を描いた山岳ノンフィクション『サバイバル登山家』が過去に出版されている。その著者が、人が生きていく上での基本となる「衣食住」を可能な限り自分の力で作り出す「アーバンサバイバル」の方法とその実践を700点の写真と50点のイラストとともに紹介する1冊。

案内者プロフィール

鈴木朝子。1977年千葉県生まれ。編集者。株式会社アピックス勤務。ふだんは企業・学校の広報媒体(コンセプトブック、ブランドブック、社史など)のライティング・編集に携わる。選書の仕事としては高校生に向けた「はじめの1冊×100」「将来をかんがえる10冊」など。当サイト主宰。

アーバンサバイバル入門

書籍情報

『アーバンサバイバル入門』(2017年5月発刊)
デコから発売中。