案内文03
「脇山君から一言」 編集者/ライター・月岡 誠
『ぼくは勉強ができない』
山田詠美さんは、学生時代に山田双葉名義のマンガをいくつか読んでいて、小説は『ソウルミュージック・ラバーズ・オンリー』が最初であったかと思う。いずれもアフリカ系の男性が出てきて、よくわかりませんというか、こりゃ苦手、が正直な感想だった。なんとなれば、ワタシは「勉強ができる」「もてない」脇山君だったですから。女性にはめっちゃ幻想をもって臨むタイプで、性的にオープンな女性にはビビっちゃう。
主人公の時田君が魅力的なのは、よくわかる。先入観や偏見をもって人に対さないし、ルールに縛られないけれど、マナーは守る(感じがする)。明るいし、「ねたみ、嫉み、ひがみ」があんまなさそうだし、なんというか、肉体と精神がきちんと連動していて、だから、クリアに自分を分析できるし、自然の美しさにも気を配れる。たぶん、肉体・五感について繊細というのは、大事なんだと思う。
だけど脇山君からするとね、それはないよなあ、というのも正直ある。だって、自分が装ってるのを指摘されて、太宰の「わざ、わざ」(「人間失格」すね)を連想できるって、本も読んでて地頭いいわけじゃないすか、時田君。片親つっても、お母さん、編集者だし(小説やエッセイを出せるのは大手しかないです、特にこの時代は)。サッカー部だし、人気者だし。世の中の通念に反抗する、つーのなら、男の子なら「勉強ができない」じゃなくて「運動ができない」じゃないの? とか。脇山君・奥村先生が「つまんない」とか「愚か者」とか言われるのもなんかツラい。そいでもって、知識より感性、の人が陥りがちな落とし穴=知らないがゆえに傷つける、についても、番外編でちゃんとフォローしている(赤間さん事件と奥村先生の改心)。もうね、なんかね……。
でも、時田君は魅力的なのはわかる。時田君みたいな女の子にちょっとだけ矯正してもらったことあるから。女の子にもいるんだよ、時田君みたいな子。ワタシは奥村先生だったのか……。
あらすじ/『ぼくは勉強ができない』山田詠美 1993年
父の顔を知らず、祖父と母と3人で暮らす主人公の少年は高校生。彼にはバーで働く年上の恋人がいる。成績は良くないけれど人気者で、いわゆる「既成観念」や「一般論」で語ることをせず、確固たる自分の考えを持とうとし、それを道標にしてすべての物事に向き合う。周囲の格好良い大人たちの影響を受け、どこか格好良くない大人たちを冷静に見つめながら主人公が成長していく日々のこと。
案内者プロフィール
月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也。
書籍情報
『ぼくは勉強ができない』(1996年3月発刊) 現在、新潮文庫から販売