選定者私物の本

案内文01

「勉強ができなかったわたしへ」 ライター・小窪瑞穂

選定者

『ぼくは勉強ができない』山田詠美

この本には、17歳の時田秀美くんという素敵な男の子が出てくる。勉強はできないけれど、女の子によくもてる。学校はなんだか居心地が悪い。彼のまわりには、魅力的で素敵な大人たちがいて、そのみんなが秀美くんをかたち作っているといってもいい。いつまでも女であり自由奔放な母、つねに恋している祖父、クールな年上の恋人桃子さん、ほかの先生とは違ってよき理解者の桜井先生。それぞれの秀美くんへかける言葉が味わい深い。こんな大人たちが17歳の時まわりにいたら、わたしも素敵に、早めに成長できていただろうと思う。それぞれキャラクターは違うのに、秀美くんをとりまく大人たちには共通点がある。みな、確固たる自分をもっているのである。自分のなかに、一本の筋がしっかり通っているのである。そして、愛らしい。

秀美くんはかっこいい。17歳にして自分がある。自分がある、とはどういうことだろう。自分なりの考えをもっている、あるいは、自分の感覚に正直である、ということではないかとわたしは思う。秀美くんをかっこよくしているのは、歳の離れた彼女とセックスをしていることでも、彼女が働くバーに出入りしていることでもない。秀美くんは、17歳にしておおよそ彼ができあがっているのである。もちろんまだ成長過程にあるだろうけど、彼はかぎりなく大人に近い、凛々しい高校生なのだ。

秀美くんのように周囲の人々やさまざまなことに対して思慮深くあれたら、どんなにいいだろう。そんなふうに成長するためには、周囲に素敵な大人たちが必要だろうが、大人だってそうあれない人もいる。だいたい、すべての大人がきちんと大人になっているとはかぎらない。そんな大人と一緒でも子どもが成長しなければならないのは、恐ろしいことだ。ではもし、周囲に素敵な大人がいなかったら、いったいどうしたらいいのだろう。こんなふうに、本のなかで出会えないだろうか。大人になりゆく成長過程が、そういった運に左右されてしまうのなら、積極的に本を読んでいくしかない。本のなかには、秀美くんのまわりにいるような、笑ってしまうほど魅 力的な大人たちがいる。自分なりの理論、生き方を見つける手助けをしてくれる大人たちがいる。本のなかでのそういった出会いは、本を手に取る大きな喜びであり楽しみでもある。わたしがこの本をはじめて手に取ったのは、17歳よりも少しあとだった。勉強ができなかったわたしを思う、今ふりかえっても口元がほころぶ。

あらすじ/『ぼくは勉強ができない』山田詠美 1993年

父の顔を知らず、祖父と母と3人で暮らす主人公の少年は高校生。彼にはバーで働く年上の恋人がいる。成績は良くないけれど人気者で、いわゆる「既成観念」や「一般論」で語ることをせず、確固たる自分の考えを持とうとし、それを道標にしてすべての物事に向き合う。周囲の格好良い大人たちの影響を受け、どこか格好良くない大人たちを冷静に見つめながら主人公が成長していく日々のこと。

案内者プロフィール

小窪瑞穂。1977年生、フリーランスライター。2000年より音楽記事やインタビューなどを中心に活動していたが、2012年渡豪後はジャンルを限らず執筆、昨年より翻訳もはじめる。好きなのは読むこと、書くこと、映画・音楽観賞。最近興味があるのは、Energy MedicineとAstrology。

書籍情報

『ぼくは勉強ができない』(1996年3月発刊) 現在、新潮文庫から販売