2019年
7月
「自分とまったく同じ考えを持った人はいない」
安積秀幸先生(元高校校長) 中編
──本に対して、若い人たちは直接的で即効性のある「効果」を期待すると見聞きします。その逆、つまりすぐに役立つわけではない(もしかしたら役立たないかもしれない?)本の魅力を伝えるためには、どんな方法があると思われますか?
近頃、高校生だけでなく世の中全体が直接的・速攻で効果を求める風潮になってきているように感じます。役に立つか立たないか、「役に立つ」ということは「何に対して役に立つのか」という問いに帰ってくるように思います。短期的にすぐ必要なことの答えが得られることが「役に立つ」ということでしょうか。
長期的に自分の成長に「役に立つ」という観点では、多くの、いろいろな種類、ジャンルの本が対象になるのではないでしょうか。一冊の本を読めばわからないことや興味を感じるところが必ず出てきます。それを解決するために、また新しい本を読んで調べることになることが多いと思います。
本を読んで知ったことで、忘れてしまっていることも多いのですが、ふとした時に思い出し、それが今、疑問に思っていることの解決の糸口になることがよくあります。私は物理の教員でしたが、理科に全く関係のない本から知りえたことが役に立つ場合が多いように感じます。その時その時、興味のあることの本を読んで見ることがいいのではないでしょうか。
本の魅力を伝えるには、まず前提として自分が興味を持って本を読むことでしょう。その面白さを先に言いましたように伝えることだと思います。
──文学・物語の楽しさについて、先生ご自身はどのようなところにあると思っていらっしゃいますか?
私たちは阪神・淡路大震災を震源地近くで経験しました。その時に多くの人が亡くなりましたが、また、多くのボランティアの方々から人と人のつながり、あたたかさを実感しました。「絆」ということの大切さやありがたさを、身をもって体験しました。
教育委員会に異動になったのが震災直後の4月1日でした。教育委員会で最初に担当したのが「防災教育」でした。「防災教育副読本」編集もしましたが、震災を経験した生徒の作文もたくさん読む機会がありました。目の前で肉親がなくなった経験を書かれたものもあり、読みながら何度も涙を流しました。
そのような経験からかもしれませんが、人と人のつながりや温かさをテーマにした小説は、本当にゆったりとした気持ちで読むことができます。特に江戸時代を舞台にした小説は人と人とのつながりや温かさを感じるものが多いように思います。思わずニヤリとしたり、目頭が熱くなることが通勤途上の電車の中でもありました。人間をテーマにした文学や物語は非常に興味を感じます。
小説や物語は、主人公の生き方や考え方に非常に共感するときもありますし、ミステリーなどでは、展開に面白さを感じることもありますが、「なぜこのような意地悪な展開をするんですか?」と著者に聞いてみたくなる時もあります(笑)。
世間で文学的に優れていると評判の文学作品が教科書などでもよく取り上げられています。しかし、私はいくら「これはいい。」と評価されても、自分自身が面白くなければはっきりと「面白くない」ということにしています。哲学書などは「なぜあのような難しい言い回しをしなければならないのか」と感じるものが多いと思っています。あえて難しく言うのが哲学なのですか?
よく言われることですが、本を通して時代や距離を超えて多くの人と交流ができるということを実感します。自分の知らないことを知ることはこの年になってもワクワクします。自分と同じ考えを持った人はいません。だから人と話をしたり、行動を共にしたりするときに「意見がぶつかることが当たり前、意見が一致することのほうがおかしい。」と思っています。違う考えに触れることは楽しいことではありませんか。
やはり小説や物語は主人公、つまり著者の人生観に触れることができるのが一番の楽しみだと感じています。「読書散歩」でも、小説を多く紹介してきましたが、共感した一文を紹介してきました。
安積先生が兵庫県播磨高等学校の副校長先生時代に、学校のブログで連載されていた「副校長の読書散歩」