選定者私物の本

案内文01

「最近、先に結論を書けと言われ続けているので」編集者・川越敬志

選定者

『項羽と劉邦』司馬遼太郎

この本は項羽と劉邦が中国大陸の統一を目指して延々と戦うことを微細に綴った戦記小説です。最後の最後に劉邦が勝ち、項羽は無残に死にます。WEBにアップする文章は結論から先に書け、とよく言われるので、巷で流行っている金言に従いました。

私は作品が著者や読者の人生に寄り添おうとしてくるのをかなりうざいと思うタイプです。とくにウジウジした私小説は大嫌い。小説は読んで面白ければ、それでいいじゃありませんか。読書の傾向は人それぞれ。爺だって高校生だって、好きなものを好きなように読めばいいんです。

本書ではふたりの英雄のうち劉邦のキャラの方が明らかによく描けています。劉邦にはその統領らしい昇龍の如き風貌以外、取り柄らしい取り柄は何もありません。そして統率する人間の数が星の数くらい膨張するほど力を発揮できるという特殊能力の持ち主です。

「偉大なる空洞」という東洋的なリーダー論をこの本から読み取るのもカラスの勝手ですが(ちと古いな)、私も劉邦みたいな親分の下で自在に働く方が得手であると思います。このあたり、私自身がすでに劉邦の術中にハマっているのかもしれませんね。

司馬遼太郎を書棚に置いておくなんて、政治家や中小企業のオヤジみたいでカッコ悪いと思うでしょうし、実際カッコ悪いですが、歴史嫌いの人も取り込む魅力を本編は持っています。国語が苦手な高校生も、本書を読んで、「四面楚歌」の語源くらいは覚えておきましょう。入試に役立つよ、たぶん。


案内人・川越敬志さんが『項羽と劉邦』を勧めるもうひとつの理由


 若いうちに本を読んでおかないとバカになる。なんてその昔は言われたものですが、そんなバカな話はありません。ただし、バカのようになって本を貪り読むクセ、長い書物を読んでいる時のぐだぐだの酩酊感を知らずに育ってしまうと、つまんない大人になってしまう可能性があります。昨今、バカと言われるよりも、つまんない奴と思われる方が堪えるでしょ。そういう意味でも、上・中・下、文庫3巻の『項羽と劉邦』は必要にして十分なボリューム。読み始めれば、項羽が死ぬまで、アっという間。ホント、瞬殺。

あらすじ/『項羽と劉邦』司馬遼太郎

大陸統一を果たした秦の始皇帝の圧政が民を苦しめ、国内に怨みや嘆きの声が満ちていた中国。始皇帝の死とともに民衆の不満が爆発し、各地で反乱が起きる。そこに現れたのが、不世出の武人と言われる勇猛な「項羽」と、その人柄に不思議な魅力を持ち人望の厚い「劉邦」だった。混乱の世を背景に、ふたりは天下の覇権を争う。

案内者プロフィール

川越敬志。1960年、新潟県長岡市生まれ。株式会社流星社代表取締役&編集長。
噺家の入船亭扇辰は実弟だが、オレのほうが面白い。

日日平安

書籍情報

『項羽と劉邦』(『小説新潮』で1977年から連載)。
1980年、新潮社より発刊。新潮文庫から発売中。司馬遼太郎全集にも収録されている。