案内文01
「極限での人間関係からみえるもの」編集者/ライター・月岡 誠
『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』渡辺一史
大学時代、ボランティアサークルに誘われ、先輩から勧められて読んだのが『嫌われ、怖がられ、いやがられて』(福井達雨)。知恵遅れの子どもの施設を運営していた福井さんは、この本で、「横面張っても、皆の目をこの子達に向させる」「障碍児の運動は嫌われるところから始まる」とまで言っています。何もしないで「差別はしてない」なんていうヤツをオレは許さんと――これにあてられたワタシは、ボランティアをやって、結局潰れました。障碍者との関係が重たくなり、逃げるように東京に帰って来た。「重たい」というのは、障碍者の方々との立場や関係性の違い。こちらは学生という気楽な身分だし、障碍者との関係はワンオブゼム。でも当時、施設にいる、あるいは自立生活をしている障碍者の人間関係はとても狭くて、深く関われば関わるほど、こちらへの期待は大きくなる。それが重たかった。同様の理由で、その後、母親の介護も仕事にかまけて妹に任せてしまったし、まったく成長できなかった人間です。
本書の鹿野さんは、筋肉が徐々に線維化し、手足はもちろん、肺や心臓の筋肉も壊れ、死に至るという宿命を背負いながら、病院を飛び出し、ケア付きアパートでの自立生活に挑戦します。人工呼吸器を装着した後は、数十分ごとに痰を吸引してもらわないと窒息。動けないので、数時間ごとに体位交換――こうしたケアも含め、ヘルパーとボランティアで24時間体制を組み、カバーする挑戦です。ボランティアの募集や介助教育も自前。1人になる時間が皆無、という想像を絶する生活をしつつ、鹿野さんは、リスクも負いながら、自分の意思で生活する範囲を広げ、恋愛・結婚までします。
筆者の渡辺さんは、鹿野さん、彼を支える親やボランティア、さらに別れた妻まで取材を重ねつつ、いろいろなことを考えていきます。特に、タイトルにも示されているように、書きたかったのは「関係」です。不眠症で眠れない鹿野さんが、深夜にバナナを食べたいという。バイトから泊りの介助に入ったボランティアは、しんどいと思いながら、食べるのに時間がかかる鹿野さんの夜食をサポートする。そして、食べ終わってやれやれ、やっと寝られると思ったら、鹿野さんが「もう1本くれ」――ボランティア、切れそうになりながら、すっと何かを悟る。このエピソードに象徴される、「介助してやっている」「してもらっている」という健常者・障碍者の上下意識、障碍者の要求にどこまで応えるべきか(鹿野さんは、タバコやエロビデオも好き)の問題、さらに人として馬が合う・合わない――など、鹿野さんとボランティアがぶつかり葛藤しつつ、何とかやっていく様が主題です。
終盤、ボランティアの1人が、「最終的には、介助が自動販売機でジュースを買うことぐらい当たり前になるのが、鹿野さんの目指したところなはず」と話す場面があります。そうなれば、ボランティア側も過剰な思い入れや責任感から自由になって、障碍者と普通に言い合いしつつ介助できる「他者との共生」が実現すると。心から同感します。家族への負担集中や、ボランティア・介助労働者の疲弊も防げる、人間関係も広がる――でも、そんな日は来るのか、と思ってしまう自分もいます。
重たい本ですけど、読みやすいし、鹿野さんやボランティアの生活から心の動きまでがていねいに書かれ、さらに障碍者運動や制度といったマクロ部分もフォロー、講談社と大宅の両ノンフィクション賞受賞もうなずける力作です(この本に1年間かかり切りになって食えなくなった、というあとがきにも納得)。また、すべての取材対象に(冷静な分析はしても)愛情と誠意がある。ライターの立ち位置も含め、生きる意味(鹿野さんは何もできませんが、周りの人を変えます)や、人と人の関わり、健常と障碍など、考えさせる本であることは、情けないワタシでも保証します。
あらすじ/『こんな夜更けにバナナかよ』渡辺一史 2003年
人工呼吸器を装着した彼は、病院でも親元でもなく、自宅でボランティアと共に24時間を過ごす。遺伝性疾患で難病指定されている「筋ジストロフィー」を患う鹿野靖明さんと、彼の毎日を支えるボランティアの日々を描いたノンフィクション。著者は本書で講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞した。
案内者プロフィール
月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也。
書籍情報
『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』
2003年3月に北海道新聞社より発刊。
現在は文春文庫として発売中。