天翔ける(あまかける)
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選定者私物の本

案内文02

「制約の中で理想を追う」 編集者/ライター・月岡 誠

『天翔ける(あまかける)』葉室麟

のんびりやってた江戸日本に黒船がきてから、天皇を擁して外国勢を排撃しようという尊王攘夷派と、徳川幕府維持の佐幕派、そして、朝廷と幕府が協力し、雄藩連合で外国に対抗しようという公武合体派が入り乱れます。結局、尊王攘夷でイケイケの長州が外国の力を知り、公武合体から倒幕に転じた薩摩と組んで明治維新が成るので、一般に公武合体派は、中途半端な折衷主義者みたいに見られてきたかと。でも昔、「公武合体は時宜を得た論だったが、革命の奔流に押し流された」みたいな記述を読んだことがあり、個人的にシンパシーがありました。

この本は、公武合体派の主要人物の一人だった越前福井藩主・松平春嶽を主人公にした珍しい小説です。春嶽は聡明な開国派で、幕府だ、朝廷だ、藩だと言ってる時代ではない、とわかっています。西郷隆盛や坂本龍馬に、無私な人間の魅力も感じる。とはいっても親藩の藩主ですから、徳川潰してOKとは思わない。そこで、幕末屈指の頭脳・横井小楠をパートナーに、道義国家建設を目標に掲げつつ、雄藩連合に議会なども取り込んだ政体の実現をめざします。徳川に大政奉還を献策し、一大名にすることで、雄藩連合のひとつとして影響力を残すことを考える。

けれども、徳川慶喜はダダこねるし(結局、大政奉還しますが)、薩摩の島津久光は私欲むき出しだし、西郷や大久保は若い下級武士だから古いもんは徹底して壊しちゃえ――でうまくはいきません。「公」と「私」、「理」と「感情」という表現がしばしば出てきますが、日本を外国の脅威から守り、近代化して発展させるという「公」「理」より、おのが家やら、徳川憎しやら、人物の好き嫌いやらの「私」「情」が政治を動かす。これは、国だけでなく、企業、組織全般にいえることです。そして、たいていの場合、折衷派はバカにされます。「男って拭いちゃうのが大好きだから、どんどん純化しちゃう」(©糸井重里)んで。

それでも絶望はしないで理想を見て、というのがタイトルです。葉室麟さんはこれが遺作のひとつ。少し書き急いでる感じのするところも含め、長州出身で、歴史に名を残すとか私の塊である某バカ首相の暴走を懸念し、春嶽出でよと願っていた気がします。

あらすじ/『天翔ける(あまかける)』葉室隣 2017年

福井藩主・松平春嶽を主人公とする歴史小説。京の尊攘派激徒を鎮めるために上洛すべきか否か……重大な決断を迫られているところに土佐藩士・坂本龍馬が訪れる。彼の依頼を即決した上で、上洛についての意見を聞き−−−江戸末期から明治初期の波乱に満ちた時代、旧幕府と新政府の両方において要職に就いた唯一の人物である春嶽の生涯を追いながら、日本を守るために駆け抜けた軌跡をたどる。

案内者プロフィール

月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也

天翔ける(あまかける)

書籍情報

『天翔ける(あまかける)』(2017年12月発刊)
角川書店より発売中。