案内文01
「ばかげた夢の可能性」 新聞記者・西田浩雅
『サイエンス・インポッシブル』ミチオ・カク
時間旅行にテレパシー、透明人間に予知能力…。
子どものころには誰しも「もしかしたら実現するんじゃないか」と空想した覚えがあるはずです。高校生にもなるとすっかり卒業して、「中二病」などと笑いものにしてしまう。でも、心のどこかでは捨てきれない−−−。そんな夢が現実となる可能性を、世界的な理論物理学者が解き明かしてくれます。
著者のミチオ・カクは、米サンフランシスコ生まれの日系3世です。ハーバード大学を卒業後、ニューヨーク市立大学などで教鞭を執りました。素粒子論、中でも「ひも理論」の権威として知られる人だそうです。
とはいってもこの本に、難しい数式は出てきません。入り口は「スター・ウォーズ」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、あるいはシェークスピアの「テンペスト」。そこに登場する現実離れした技術や超能力が、これまでどう論じられてきたかをたどり、現代の科学者による研究を紹介します。そして近い将来、あるいは遠い未来に実現できるかどうか「不可能レベルI」から「III」に分類しています。
例えばタイムトラベル。宇宙ステーションに748日間滞在したロシアの宇宙飛行士が実際に0.02秒、未来への時間移動を体験した例などを紹介。過去への時間旅行も、可能にする理論がいくつも見つかっているという、最新の研究成果を教えてくれます。
タイムトラベルは「不可能レベルII」です。「実現するのは数千年から数百万年も先のことかもしれない」そうですが、それでも少し、うれしくなりませんか?
もちろん多少の科学用語は出てきます。それでも文系の頭で理解できるやわらかい語り口が、本書の特徴です。著者自身、子ども時代にテレビのSFドラマに釘付けとなったことが科学の道を志すきっかけになった、そんな経験も背景にあるのでしょう。
訳文もこなれています。小説などの凝った文章の日本語訳より、読みやすいのではないでしょうか。いわゆる「翻訳調」が苦手でも、慣れる手がかりになるかもしれません。
「一見したところばかげていないアイデアには、見込みがない」
冒頭に引用されたアインシュタインの言葉が、この本のメッセージでもあります。科学の世界に限らず、突飛な発想や規格はずれの個性を受け入れる、そんな社会でありたいものです。
あらすじ/『サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か』
ミチオ・カク 著 斉藤隆央 訳 2008年
「スター・ウォーズ」「透明人間」「A.I.」など古今のSF作品を通して、物理学がこれから実現していけるかもしれないことの可能性を解説した科学書。いまや当たり前のものとなったGPS(衛星測位システム)や携帯電話がかつて想像の世界にしか存在しなかったのなら、科学がタイムトラベルやテレポーテーションなどを実現する日が来るかもしれない。あり得ないとされるテクノロジーが、いつ・どのように実現できるのか、が物理学者によって語られている。
案内者プロフィール
西田浩雅。1964年、小樽市生まれ。新聞記者。首相官邸や国会記者クラブ、ユジノサハリンスクやモスクワ駐在、論説委員を経て、現在は紙面編集を担当。特技はバラライカ演奏。最近、海外旅行に行けないのが悩みの種。
書籍情報
『サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か』(2008年10月発刊)
NHK出版から発売中。