案内文02
「人生とは脂と水分が抜けていくことなのかしら」
編集者/ライター・月岡 誠
『センチメンタルな旅・冬の旅』荒木経惟
年寄りは若い頃の刷り込みから抜けられません。サッポロ一番はいつまでも「こんなうまいもの」(©藤岡琢也)だし、宮崎美子さんは「ピカピカに光って(©斉藤哲夫)る可愛い小太りな女のコ」です。ので、荒木経惟さんは、「変な髪型して、小汚い感じのするエロい写真を撮る人」です。
この本の前半の新婚旅行ほかの写真、当時とすればとりたてて貧乏くさいわけでもないのでしょうけれども、なんか幸せいっぱいな感じという雰囲気でもありません。新生活のスタートというより、所帯持っちゃったよ、どうしよう、みたいな。奥さん(陽子さん)のヌードも撮っていますが、エロスというシャレオツな外来語より、「好きだといったらチンチン立ててね、チンチン立てたら好きだと言ってね」(©まついなつき)という言葉の似合う、生活臭さが漂う、ざらっとした感じといいますか。
後半の、陽子さんがガンで死に至るまで・そしてその後、の写真は脂が抜けて、粘液がなくなっていく感じです。大きな穴が開いていき、ぽっかり空いちゃったよ、というのをこれでもか的に写して。どうしよう、どうしよう、そして『そうか、もう君はいないのか』(©城山三郎)に至る、みたいな。
そいでもってラストは二人の愛猫が、雪のベランダではねています。元気だしなよ、生き残っちゃったんだから。アタイは覚えてるぜ、陽子さんをよ、と。
こうして書いてみるとあざとさとスレスレの写真集ですが、不思議とワタシも、看取るもしくは看取られる時になれば、こんなんになれるといいな、と思わされます。父親・母親とも手を握ることなく送ってしまったんで、今度はどっちにしてもちゃんと握らないとなあ、とか。そして、その時まではぐちゃぐちゃ、小汚い感じで生きんとなあ、と。これが「小ざっぱり」だと小津安二郎なのでしょうが、小汚いでいくつもりです。
あらすじ/『センチメンタルな旅・冬の旅』荒木経惟 1991年
写真家・荒木経惟が自身の新婚旅行を撮影した私家版『センチメンタルな旅』に、91枚の写真を追加した写真集。「冬の旅」である追加部分は、1990年に42歳で他界した妻・陽子の死の軌跡とその周辺を記録したもの。
案内者プロフィール
月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也。
書籍情報
『センチメンタルな旅・冬の旅』(1991年2月発刊) 新潮社から発売中。