案内文01
本屋さんのこと02「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」
編集者・鈴木朝子
高校生の頃、rotringというドイツの会社の「Tikky」というシャープペンシルが流行っていて、それはソニプラ(いまはPLAZA)に行かないと買えなくて、友達と一緒に新しい色を買いに行くのが楽しみだった。それぞれが選んだ色も、毎回ではないけれど憶えている。陸上部にいたのでスパイクやランニングシューズも時々買い換える必要があって、それを学校の近くのスポーツ用品店で買うのもやっぱり楽しくて、そこで選んだ色やかたちが陸上選手としての自分の特徴になるくらいのつもりで(田舎の学校の弱小チームのランナーだったとしても)、真剣に選んだ。それもいつも楽しかった。今まで使っていたものとの別れを惜しみながら、新しいものを選ぶのが楽しい。要は買い物の楽しさで、何を話しているのかと言うと、かつて本もそうやって買っていた時代があった。
山田詠美やサガンの作品を買って大人の女性になった気になったり、江國香織の作品を買って、本当の意味なんて知りもしない孤独の感覚に浸ってみたりした。そういういかにも背のびした10代女子っぽい本棚に、『深夜特急』を並べて取ったバランスがなんとなく自分らしいなと思って満足したりもした。表紙のデザインや色がきれいだからというだけで買った本だって少なくない。それらの感覚は、クローゼットに服を加えていくこととほとんど変わらなかった。
かつて、と書いたのは今はそうではないからで、今は、誰かに勧めてもらった本を探しに本屋さんに行く。仮にふらっと立ち寄った場合でも、せっかく来たのだからと勧められたリストを思い返して本を探す。そういう「そのうち読もうと思ってた」がない場合でも、並んでいる本たちの情報を自分がほとんど知らないということはあまりない。その本がどんな風に話題になったか、どんな経緯で出版されたかを知っていることもあるし、この装幀は○○さんだ、と予測して当たることもある。そこまで詳しくなくても著者か版元はたいてい知っている。表紙のデザインや色がきれいな本は高確率で中身も良いことも、読む立場としても作る立場としても経験があるから分かっている。それらが買う理由になる。もうひとつ余計なお節介とは承知だけれど、この本屋さんがなくなっちゃったら嫌だからそこへ行って買う、ということもある。どうせ買うならあのお店で、という理屈。自分の購買に、なにかしらの意義を勝手に感じている。
どっちにしても、とにかく大人になったのだから、あの頃のようにまっさらな自分がまっさらな本棚の前に立つ、というわくわく感は取り戻しようがない。
と、思っていた。日比谷シャンテにできた「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」というお店に行くまでは。
どんなお店であるのかは、行ってみた感覚がすべてだと思うし上手く書けないけれど、読んでいる本が読み終わったから次の本を買いにいく、表紙が可愛いからこの本がいい、どんな本か分からないけれど好きな感じがする、新しい本嬉しい! 楽しい! という単純な買い物の嬉しさを、私はこの本屋さんで完璧に思い出した。レジから離れたところで、表紙の色別に──薄いピンクや水色や緑やむらさき色の文庫本が並べてある美しいグラデーションの棚からいちばん好きな色を……タイトルも著者も見ずに手に取って立ち読みした。
正直に言うと、このお店に行ったのは、「読書案内」に原稿をいただけないだろうかと店主と店員さんのひとりにお願いしたかったからだった。頼めずにいるのは、単純に話しかけるタイミングが掴めなかったこともあるけれど、私はどこかで、この本屋さんで仕事の話をしたくないなと思ったのかもしれなかった。
店舗情報
HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE
東京都千代田区有楽町1-2-2 日比谷シャンテ 3F
電話番号:03-5157-1900
営業時間:11:00~20:00