案内文01

本屋さんのこと01「紀伊国屋書店 新宿南店」編集者・鈴木朝子

私にとって本は、自分で棚の前に立ってそこから読みたいものを探してお財布からお金を出して買うものだった。一連の行動を通して手に入れた1冊だから、その先もずっと一緒にいられる1冊になってくれる。これがある程度は普遍的なものである確信もあった。そのために絶対に必要な本屋さんが、仕事場のある街でも生活している町でもどんどん閉店していくさまを、この10年くらいずっと眺めてきた。

たとえば仕事場の近くでは「紀伊國屋書店新宿南店」が閉店した(本当は閉店ではなくて6階スペースの洋書専門書店だけに絞った売場縮小)。この街に点在していた小さな本屋さんが閉店に追い込まれたのは、この大型書店の影響が少なくなかったと思うけれど、たくさんの本屋さんを飲み込んだままこの大きなお店が閉店してしまったのは2016年のことだった。まずこのお店のことから。

仕事をしていればそりゃいいことばかり起きるわけではなくて、仕事場にいたくないところまでいくことだってある。お世話になっている人や可愛かった後輩を上とか下とか呼んで恐縮だけれど、上と上手く意思疎通が取れず、下の考えていることが分からないというような時に、その場所に留まって淡々と原稿を書き進めるのは至難の技だった。そういう時に出かけるのがこの南店だった。

良かったのは、思惑が見え過ぎないところだった。思惑というのは店主による本のセレクトのことで、基本的には思惑の見える本屋さんが好きだけれど、こちら側にパワーがないとそういう棚には向き合えない。

新刊や売れている本が平台に並び、雑誌も最新号とその少し前のものが一望できた。この一望が南店のポイントで、売り場が広々として背の高い棚が少ないので「見渡す」ことができた。直近で出版された本、売れている本、注目されている本を一望できること。それはそのまま今日の世の中を見渡すことに近かった。仕事を始めたころから南店が閉まる2016年までのあいだ、一望しながら学んだことはたくさんある。いくつかのセレクト棚があって、大型チェーンのなかの「南店としての意思」が見えるところも素敵だった。  在庫の数も多かったように思う。あんなに大きな棚があんなにたくさんあるのに「棚に出せていないかもしれません…」とか言って棚の下にある引き出しから探している本を取り出してくれることもあって、ここには何でもあるんだなと頼もしかった。働いている場所のすぐ近くで世の中を一望する。それができなくなったことの大きさを痛感する機会は思いのほか多い。

店舗情報

BOOKS KINOKUNIYA TOKYO
東京都渋谷区千駄ケ谷5-24-2 タカシマヤタイムズスクエア南館6F
電話番号:03-5361-3316
営業時間:10:00~20:30