選定者私物の本

案内文01

「ちいさな王様がおしえてくれた あたりまえの ほどきかた」
草木染 染織家・岡本真衣

選定者

『ちいさなちいさな王様』アクセル・ハッケ

「おまえたちは、はじめにすべての可能性を与えられているのに、毎日、それが少しずつ奪われて縮んでいくのだ」


「王様」はそう言います。ある日ふらりと「僕」の部屋に現れた小さな王様は、自分の世界の素敵な「あたりまえ」を語ります。王様の世界では、生まれた時がいちばん大きくてなんでも知っている。年を重ねるにつれて、体が縮んで小さくなり、知らないことばかりに……代わりに、小さくなるほど夢や想像の世界がふくらんでいきます。その順番は、この世界とほぼ真逆。

そんな世界の王様と、現実の世界の「僕」が、想像と現実のあいだを軽やかに行き来する姿に、自分の周りの世界もひょっとしたら……と思うのです。実はこの世界も、見方を変えれば王様の世界と地続きなのかもしれない。そう思うと、夕暮れどきに道を歩きながら、もしや見えない小人が歩いていたりするのかしらとふと思い、踏み出す足をなんとなく優しく地面に下ろしてしまったりするのです。


思えば本は、幼い頃からいつも心をわくわくさせてくれる存在でした。小学校に入りたての頃、自宅近くにあった「かしのき文庫」というこども文庫に、放課後になるとよく遊びに行きました。どなたかが開いてくださったその小さな私設の文庫は、まるで秘密基地のようでした。そうやって本を読んでそこに書かれたものごとへの想像をふくらませました。

この本を初めて読んだのは大学生の時で、ちょうど将来のことを現実的に考え始めた時期、冒頭に引用した王様の言葉に覚えた実感と、「抗いたい」と思った気持ちは、それが自分の想像力によって生まれた感覚であったゆえに、とても真実味のあるものでした。

卒業して就職し、さらにそこから異なる世界へと足を踏み入れるたびに、「自分がいまいる場所のあたりまえや普通に縛られて、可能性を狭めたくない」という気持ちはいつも心にありました。そしてそれには、王様の言葉の影響が少なからずあったように思います。


かつて幼い私の想像力をふくらませ、やわらかい視点を持たせてくれた本は、いつしか強い意志をも支えてくれるものになっていました。

あらすじ/『ちいさなちいさな王様』アクセル・ハッケ 著
ミヒャエル・ゾーヴァ イラスト  那須田 淳 大元 栄 訳

どうやら王様の世界では、子ども時代が人生の終わりにあるらしい。「僕」のひとさし指くらいのサイズの小さな王様は、金の王冠をかぶり、深紅のマントを羽織って「僕」の毎日に現れた。この世界のことを知りたがる王様と互いの世界の違いを語り合ううちに、僕のものの見方が次第に変化していく。ドイツで長く愛されてきたベストセラー小説の日本語訳。

案内者プロフィール

岡本真衣。1978年群馬生まれ、神奈川育ち。「草木染月明手織塾」主宰の山崎桃麿氏の染める色の美しさと力強さに魅了され、手間を惜しまない草木染の心と手織りの技を学ぶ。現在は自宅にて色との出会いを楽しみながら、制作をつづけている。植物を見ると、どんな色が染まるか、つい気になってしまう。

ちいさなちいさな王様

書籍情報

『ちいさなちいさな王様』(1996年講談社より刊行)。