案内文01
「人間、変われれば嬉しいけれど……」編集者/ライター・月岡 誠
『巡礼』橋本 治
『巡礼』は、ゴミ屋敷で死んだおじいさんが主人公の小説です。昭和生まれの凡人の一代記。実家と同じ荒物屋の丁稚奉公から、自分の店を持ち、真面目に働いたものの、時代に取り残されて商売は左前、嫁姑問題で妻とは離婚、同居していた母親が死んでからはゴミ集めだけの毎日……ただ流されるだけの人生。何とか頑張れよ、とか、自業自得、という言葉も浮かびつつ、一方で「自分はどーよ」の自問も。
著者の橋本さんは、荒物屋同様、今はもう見かけない街のアイスクリーム屋生まれ。主人公と距離は保ちつつも、突き放さず、「うまくいかなかったけど頑張ったんだよね、バカにはしないよ」という感じで書いてます。時代に対応できるに越したことはないけど、そんな人ばっかりではないし、みたいな。ビジネス界で「変われない会社は滅びる」は常識ですし、人間だって変われれば成長できた満足感、達成感もあるんですけど、みんながみんなうまくいくわけでないし。「真面目だけが取り柄で」が通用しない社会ってどうなんでしょ、と。
私事ですが、橋本さんが今年(2019年)1月に亡くなられた時には、還暦近いおっさんなのに少し動揺しました。大学時代に『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』を読んで、“何を言っているのか良くわからないけどすごそう”と思って以来、読み続けてきた方です。小説『桃尻娘』もそうですが、40年以上前に少女マンガの評論、しかもタイトルに『キンピラゴボウ』ですから、学級委員タイプだった私の驚きをお察しください。その後、ラノベも含む小説を書きつつ、時評、古典訳(枕草子、徒然草、源氏、平家まで!)、日本美術史、日本文学史と膨大な仕事をして、合間には編み物やオフザケ占い本までも。読むのが追い付かないほどの書きっぷり。
でも橋本さんは、忙しさに愚痴はこぼしても威張らない。ので、変われないおじさんにも、どこか優しい。めちゃめちゃ努力家で、トガっていながら、おばちゃん的に優しいこの作家の伝記を、誰か早く書いていただければ。
あらすじ/『巡礼』橋本治
戦時中に少年時代を過ごしたある男性は、昭和初期の日本を支える国民のひとりとしてまっとうに生きてきた。その彼が、やがて進むべき道を見失い、家族と離れ、周囲から非難の視線を受けながら生きることになるまでの遍歴を描き出した作品。2019年1月に亡くなった小説家・橋本治の初の純文学長編である。
案内者プロフィール
月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也。
書籍情報
『巡礼』(2009年新潮社より刊行)。
2010年に新潮文庫として刊行、2019年現在は絶版。古書店などで購入可。