選定者私物の本

案内文01

「「私」の時間」学校図書館司書・前田美香子

選定者

『放課後の音符(キイノート)』山田詠美

新しい物語だった。

登場人物のどこかの部分を内側に共有することができ、雑誌連載中から次号の楽しみが増えた。

短編の中の「私」の恋は、少女マンガの恋とは明らかに違っていた。放課後が舞台でありながら、王道の甘酸っぱさとは決別する、静けさを感じる展開。そこから得たのは、恋愛で群れない強い生き方や、自分を取りもどす体験、また自分を客観的に見つめることの大切さだった。

改めて読んでも、山田詠美さんの短編の巧さを味わうことができる。


この本を本棚から取り出し、奥付を見る。中学時代のグループの縛りや、今でいうスクールカーストに疑問を抱き苦しむ自分から変わるために、あえて選んだ高校進学のことは忘れられない。その予想以上に高校では、はっきりと発言する同級生たちやその行動に、衝撃を感じたこともあった。

そして、1年で部活も辞めて、更にあちこちをフラフラする放課後の自由を与えられた。大好きな音楽。空回りな出来事たち。授業中こっそり読んだ本。あまりに適当で、それが苦しいこともあった。この小説に出逢ったのは、そんな時だった。

さて連載されていたのは雑誌『olive』。その時代感を振り返った本『オリーブの罠』(酒井順子/講談社現代新書)を読んでいただければ、私にはちょっと異論もあるが、この雑誌だった意味が理解できるはずだ。

「普通な」女子の多くは『mc sister』『seventeen』を見ていたようだが、ちょっと先を行きたい気分が選ぶのがおそらく『olive』。一味違う本の紹介も楽しみだった。しかしこの3誌のうち2誌はもう存在しない。


高校図書館司書、確かに高校生だったそのことを思い返すことの多い仕事だ。「思い出」が「過去」から「歴史」へと確実に変化していることを感じることが増えてはきた。

それなのに、同化やまとまりを重視する空気感は、変わるどころかより一層強くなっているように思えてしまうことも多い。

だから、私にとっての高校図書館では、手に取る本は自分で選べ、リクエストもでき、個を支えるようでありたい。だからここで書いた読書案内の本も読まない自由も尊重する。

そして過去の高校生の経験にとらわれない学習や情報や資料を選べ、判断できる手伝いができるように私は変化を学び続ける。

この作品とは違うが、高校の国語の教科書に山田詠美さんの作品が掲載されるようになったのも、歴史と感じるとともに不思議な気分になってしまう時がある。


追記

さて、気軽に引き受けてしまってから、過去の内容のHPを見た私は焦った。1冊とは難しいうえに、皆さん素晴らしく、高尚な内容だったからである。それならば、高校時代からの愛読書ということで、『本の雑誌』のHP「作家の読書道」見て、その内容に少し勇気を持たせてもらった。この雑誌が続いていることに感謝したい。

あらすじ/『放課後の音符(キイノート)』山田詠美

17歳の少女たちが、大人でも子どもでもない曖昧な自分たちを自覚しながら、それぞれにとって精一杯の恋をする。授業が終わった放課後を舞台に、女子高生たちの心象風景を鮮やかに描いた恋愛小説8編で構成された作品。

案内者プロフィール

前田美香子。埼玉県立新座総合技術高校図書館主任司書。1972年東京阿佐ヶ谷出身。小学校6年生の時に、図書館で本を探してもらったのがきっかけで司書を志す。学生時代には映画館、区立図書館の研修代替等を経験。1996年(平成8年)に埼玉県に採用される。その後、教員免許、司書教諭免許を取得。現任校は4校目。利用者により本の楽しみを知ってもらいたく奮闘中。一女の母。

放課後の音符(キイノート)

書籍情報

『放課後の音符(キイノート)』(1989年新潮社から発刊)
1992年に角川文庫として文庫化。現在は新潮文庫から発売中。