選定者私物の本

案内文01

「子どもは大人になることを」編集者・鈴木朝子

選定者

『あしながおじさん』ジーン・ウェブスター

「だってあのころは、本がまだ娯楽だったのよ」

「小説っていうアートがまるで伝統芸能みたいになってきてる」

というのは、どちらもルポルタージュマガジン「邂逅」のほうで話を聞いた方の言葉だけれど、その実感は私にもある。本が特別なものになり過ぎているってことを、ちょっと気味が悪いなとも思っているし、もしや自分はそこに拍車をかける片棒(?)のすごく端っこのほうを担いでいるのではあるまいか、という居心地の悪さもある。

「高校生と、かつて高校生だった人たちのための読書案内」では、今の時代を生きる10代後半の人たちに、大人からの自慢話を届けてほしいと思っている。本のかたちをした相棒とか分身とかを持つ大人たちに、その相棒とか分身とかを自慢してくださいと。

だからもちろん、「自分にとって特別な本が、あなたにとっても特別な本になりますように」なんて全っ然思っていない。自分にとってこの本は特別なんです、という臆面もないのろけ話を聞かせてもらって「そういう本がある人生っていいじゃん」のあとに「自分もそう思える本を探してみよう」って思ってもらいたい。

だって、素敵な家族に会って家族っていいなと思ったとして、「わたしもお宅のご主人と結婚したいんですが」っていうふうにはならないでしょう? そこは、自分もいつか素敵なだんなさん見つけたいな、でしょ。


普遍的に絶対的に特別な本なんてない。ただ、誰かの手にわたり、読まれたあとに、ある個人にとって特別になる本がある。そういう幸せな人と幸せな本とのセットを、ひとつでも多く届けたいなと思う。


最近、学校図書館や子ども向けの本屋さんで岩波少年文庫がずらっと並ぶ絶景を見ながら『あしながおじさん』のことを思い出していた。何度も読み返したし、本を手に持っていたりかばんの中に入れているだけで嬉しかった。あの本のおかげもあって、私は大人になることが楽しみだった。子どもは大人になることを楽しみだと思えなければいけない。そういう世の中を大人は頑張って作っていかなくちゃいけない。読書案内の根底にあるそういう思いも、たしかこの本から受け取った。

あらすじ/『あしながおじさん』ジーン・ウェブスター 著

孤児院で育った少女ジュディ・アボットは、ある裕福な紳士の厚意を受けて奨学金を受け取りながら大学に通うことになる。奨学金の条件は、彼に向けて毎日手紙を書くことであり、この手紙がそのまま作品になっている。初対面のあと、ジュディが「最後」の手紙に書いたことは……? 世界中で読まれた名作。

案内者プロフィール

鈴木朝子。1977年千葉県生まれ。編集者。株式会社アピックス勤務。ふだんは企業・学校の広報媒体(コンセプトブック、ブランドブック、社史など)のライティング・編集に携わる。選書の仕事としては高校生に向けた「はじめの1冊×100」「将来をかんがえる10冊」など。当サイト主宰。

あしながおじさん

書籍情報

『あしながおじさん』(1954年新潮社から発刊)。現在も新潮文庫として発売中。
岩波少年文庫、福音館文庫など複数の出版社から発刊されている。