選定者私物の本

案内文01

「すべての政府は嘘をつくか?」プランナー・岡本岳大

選定者

『ポーツマスの旗』吉村昭

僕が通っていたちょっと男くさくて自由な高校は、先生も自由でした。
ギターを持ってきてジョン・レノンの歌で戦争の話をする先生がいたり、A3用紙に「”無知の知”について自由に述べよ」と一行だけ書いてあるテストを作る先生がいたり…

そんな高校で、ある日の歴史の授業のテーマが日露戦争でした。

日本海軍がロシアのバルチック艦隊を破るシーンは、映画のように勇壮なストーリーに聞こえます。先生が黒板に海戦の様子を書きながら、日本海軍が「丁字戦法」という戦い方でロシアの船を次々に沈めていく様子を説明すると、高校生の男子たちはざわつくのです。

「東郷平八郎、名将だな、日本海軍、なかなかやるな!」と、まるでサッカーの日本対ロシア戦をみているかのような気分で、授業をきくわけです。

そんな様子をみて授業の終わりに先生は言いました。
「戦争をはじめたからには終わりがあって、はじめるよりも終わらせる方がはるかに大変。興味ある人はこの本を読んでください」。


この本は、日露戦争の話ですが、戦いの場面はほとんどありません。
物語は、主人公である小村寿太郎という外交官が「戦争を終わらせるため」にロシアと交渉する話です。

ロシアとの戦いに勝利して、日本中が熱狂しています。
しかし実情は全く違っていて、日本は資金も軍事力もとっくに限界を超えているので、もう一度、戦いになったら間違いなく負けてしまう状況なのです。

明治の時代。その不都合な真実は、国民には知らされていません。
日本の国民もメディアも、ロシアに勝ったからには多額の賠償金と領土をぶんどってくるに違いないと小村に期待しています。
相手はヴィッテというロシアの大臣。皇帝から、ロシアは負けていないから絶対に譲歩するなと言われて交渉の場であるポーツマスにやってきます。

すぐにでも講和を結び、戦争をここで終わらせなければいけない。でも、小村が交渉で弱気な態度を見せれば、日本の世論は大反発するし、それをロシアにつけ込まれて講和自体がうまくいかなくなるかもしれない。


そんな幾重にも絡まったジレンマと小村が必死に格闘する姿をみると、
我々の目の前にある米軍基地や安全保障、あるいは原発の問題にも、もしかしたら同じような構造があるのかもしれないと思ってしまいます。

人々の生活や経済に混乱をきたす恐れがある、
我が国の安全保障や国益を損なう恐れがある、
だから重大な真実を国民に知らせないまま政府が進めることがある。

日露戦争から100年以上たった今の世の中でも、そんな構造が続いているとしたら、
現代で、沖縄の基地や原発の問題を担当している政府の人たちも、こんなジレンマを抱えているのかもしれないと思い、複雑な気持ちになるのです。

あらすじ/『ポーツマスの旗』吉村昭

朝鮮半島および満州の支配権をめぐって日本とロシアが対立した日露戦争(1904-1905)において、全権を委任されてポーツマス講和会議に臨んだ小村寿太郎の物語。外交交渉に臨む小村寿太郎の姿を通して明治の日本を描き出した力作と評価される作品。

案内者プロフィール

岡本岳大。1979年、東京青梅生まれ。広告会社のプランナーを経て、インバウンド専門の海外PR&旅行会社を設立(wondertrunk & co.)。日本の素敵な地域を、海外の旅人に紹介している。本も好きだが漫画も好き。

ポーツマスの旗

書籍情報

『ポーツマスの旗』(1983年新潮社から発刊)
現在、新潮文庫として発売中。