案内文01
「時の経過を愛す」編集者/ライター・月岡 誠
『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ
タイムスリップなど時間に関するSFやらファンタジーやらの短編集。
著者のジャック・フィニイは、『ふりだしに戻る』というタイムスリップの長編も書いていて、進歩ってそんなに大事かね、ノスタルジィに生きてどこが悪い、の人。その「昔好き」が、割と淡々とした書き方と合っていて、何ともいい感じです。「昔は人々にゆとりがあったぞコラ、見習えや若いあほたれども」というのは、主張とスタイルがあっていませんが、この短編集は、慎ましやかに慎ましかった昔を語り、愛でる。1980年頃に読んだので、年齢的にはまだ未来志向なはずなんですが、この短編集を好もしく思うのは、もともと“進歩や成長ばっかりはくたびれるなあ”体質だったからかもしれません。
表題作と「愛の手紙」が有名です(以下、ちょっとネタバレかも……)。
「ゲイルズバーグの春を愛す」は、開発の波に街が抵抗する、という話。街の人がじゃなく、街が、です。たとえば伝統ある建物が火事になった時、どこからともなく今は使われてない昔の消防車が駆けつけて、みたいな。静かに重ねられる「昔を守るための行為」に胸が熱くなります。街だから主張はしない、行為だけ。だからいいのかと。
一方、「愛の手紙」はラブストーリー。骨董品の机を買った男が、引き出しを使い、時代を超えて、かつての所有者の女性と文通するというロマン。2人はもちろん会えないわけですが、愛がどれほど深いものだったかが、女性からの最後の手紙の一文、男が探し出した女性の墓碑銘に刻まれた一文、それを受けた男性の言葉、で簡潔に伝わる。こちらは、「ゲイルズ~」と違って、言葉だけ。当時はその簡潔な表現にグッと来た私ですが、齢を重ねると時間の長さの実質を含めて言葉のすごさが感じられます。時が経っても色褪せないことはあるって、歌詞なんかで聞くと「ケッ」って思うんですが、実際、遠い日の言葉を思うだけでちょっと元気になったりしますし。
内田善美さんの描く印象的な文庫カバー(30年ずっと同じ)も、本の中身にあっていて、さすが早川書房、です。
あらすじ/『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ 著 福島正実 訳
日常のすぐ近くで起きた不思議で優しい出来事を描いた10の作品を収めた短編集。アメリカの由緒ある街・ゲイルズバーグに近代化の波が押し寄せたとき、そこで起きた出来事は……表題作「ゲイルズバーグの春を愛す」。現代の青年とヴィクトリア朝時代の女性の恋を描いた『愛の手紙』ほか。幻想文学の第一人者とも言われる著者による作品で、長く読み継がれている一冊。
案内者プロフィール
月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也。
書籍情報
『ゲイルズバーグの春を愛す』(1972年早川書房から発刊)
現在、ハヤカワ文庫として発売中。