案内文01
「未来の自分のために」古書ビビビ店主・馬場幸治
『死のロングウォーク』スティーブン・キング 著 沼尻素子 訳
古書店主にしては絶望的なくらい活字本をそんなに読んでいない僕が人にお奨めできる本があるのか分かりませんが、こちらのサイトは高校生に向けての読書案内でもあるとのことなので、僕が高校生の時にどっぷりハマって、というかそれしか読んでいなかったホラー小説界のドン、スティーブン・キングの中から当時一番衝撃を覚えた「死のロングウォーク」を取り上げたいと思います。この作品はキングが既に人気作家として活動していた時にリチャード・バックマンという無名新人の著書という触れ込みで1979年に刊行されたもので、大学在学中の1967年にほぼ完成していたので実質的デビュー作にあたるそうです。
内容は極めて単純で、舞台は近未来、100人の選ばれし少年達がひたすら歩きつづけ、最後まで残ったものが優勝というものですが、ルールがとにかく過酷で歩行速度が時速4マイルを切ると警告、3度警告を受けた上で(1時間警告を受けないと警告リセットルール有)速度が落ちると即射殺、射殺って!と当時読み始めには思ったものの、本当に射殺してて度胆抜かれたのを覚えています。どういう経緯で少年達が応募し選ばれたかが冒頭で延々と語られ、なんてことはなくほぼいきなりスタートして、競技が進む中でそれぞれの背景が語られていきます。この近未来がどのような世界かとか、少年達の参加の経緯が詳細に語られるかというと、そこまで緻密なものではなく後の作品に比べて粗い部分もあるのですが、巨匠の原点だけあってディストピアSFとして最後までハラハラ出来る秀作です。個人的に一番の見どころは、一人の人間を覆っていた膜のようなものが、レースが進むにつれて1枚1枚とはがれ落ちていき本性が見えてくるような描写の巧みさだと思います。
この機会に25年ぶりに再読してみたところ、高校生時には参加者の一人になったかのような感覚で読んでいたのですが、この年齢になると未来ある若者を見守るおじさん目線というのが加わり、より一人一人の脱落が辛く悲しく思えると共に、初読以降の人生経験のおかげか(たいした経験してませんが)、情景描写や選手一人一人の表情の脳内再現力も鋭くなったり、イベント主催者たる権威に恐ろしさを感じながら前回以上に没頭して読むことができました。
最近「久々に読む」という行為をよくしているのですが、この行為が楽しいのは全く覚えていなかった場合は初めてのように読めるし、ある程度覚えていた場合でもそれまでの人生経験を踏まえて新たな視点、新たな感覚で読めるところです。映画でもそうですが、昔触れたものにしばらく経ってからもう一度触れてみると沢山の新発見があったりします。よく「若いうちに色んな経験をしろ」とおっさんに偉そうに言われ「うるさいなぁ、いつ経験したって一緒でしょ」と思ってた自分ですが、同じ作品でも学生時代とある程度大人になってからでは感じ方が全然違うことがあったり、「これ若い頃読んでおけば良かったなぁ」と思うこともしばしばです。多感な時期の読書体験は時に人生を変えてくれたり、道を切り開いてくれることもありますし、未来の自分がこの本をもう一度読んだらどう感じるだろうかとワクワクしながら未来の自分のために読むのもまた楽しい読書だと思います。将来一粒で二度美味しい読書体験を沢山するためにひと月の読書量を今よりまず1冊、もしくは2冊増やしてもらえると書店主としてとても嬉しいです。
あらすじ/『死のロングウォーク』スティーブン・キング 著 沼尻素子 訳
近未来のアメリカで、「ロングウォーク」という競技が行われていた。14歳から16歳までの少年100人を集めて北から南下するコースをただ歩くというものである、歩行速度が規定以下になると警告、警告が重なると……。競技にゴールはなく、生き残った少年が「最後のひとり」になることが「競技終了」。鬼才と呼ばれるスティーブン・キングが別名義「リチャード・バックマン」として書いた小説。2019年9月に映画化が予定されている。
案内者プロフィール
馬場幸治・古書店主。1976年生まれ、狛江育ち。幼少期はほどほどに読書する程度だったが、高校時代に日野日出志を読んだことがきっかけで絶版漫画収集の道に足を踏み入れ、古書店に入り浸っていたところアルバイト店長としてスカウトされ、やがて独立し今に至る。
書籍情報
『死のロングウォーク』(1989年扶桑社からバックマン・ブックスとして発刊)
2019年現在、絶版中。古書店などで購入可。