選定者私物の本

案内文01

「愛されるわけ」編集者・鈴木朝子

選定者

『あしたから出版社』島田潤一郎

その出版社で作られた本は、新刊として買った時点で「愛されオーラ」を放っている。新刊で買う本は「これからたくさん愛してあげるね!」という気持ちで買うから、先手を打たれたというか、すでに誰かにたっぷり愛してもらったものが自分に手に回ってきた、という気持ちになる。いろいろな書店を訪れると、夏葉社の本は「とっておき」という感じで並んでいる。例えばスペースの一角で新刊を扱う古書店で、夏葉社のために設けられた棚で、夏葉社の本は、嬉しそうに照れくさそうにしている。


『あしたから出版社』は、そういう本を作った夏葉社の島田潤一郎さんが書いた本で、晶文社の「就職しないで生きるには21」というシリーズの一冊として発刊された。島田さんは、兄弟のような距離で一緒に育った従兄を事故で亡くした。悲しみの底で本を読み漁り、そこでひとつの詩に出会った。島田さんはその詩をプリントした紙を叔父叔母に、つまり亡くなった従兄の両親に贈った。その詩を本のかたちにして、親しい人を亡くしたたくさんの人たちに贈りたいと考えた。それが、島田さんが夏葉社を立ち上げた直接的なきっかけだった。

具体的に想定する読者がいて、届けたい具体的なコンテンツがある。それは、出版に携わる全ての人の心のなかに抱かれているはずの思い。そういう思いが胸にあったことは、夏葉社の本が愛される理由の大きなひとつではあるけれど、すべてではない。

島田さんは20代のあいだ、決まった職業に就かずに過ごした。小説を書きながらいろいろなアルバイトをしたり、海外を旅したりしていたという。それはそれで豊かだったはずの20代を経て、就職活動に苦戦し、企業からの不採用通知を何通も受け取る。「不採用」はそれを出した企業の判断であって、社会からの「不要」ではない。でも、その通知を何通も受け取っていれば、自分が社会に役立てる人間だと思うことが難しくなる。

「ぼくのように若いころにちゃんと働いてこなかった人間にとって、社会は全然やさしくない。」(本文より)

「必要とされていないかもしれない」。島田さんの思考も発想も、いつもそこから始まっているように見える。絶対に必要とされるものを堂々と送り出す仕事と比較して、島田さんの仕事はとても儚くかぼそいものに見える。そして、本を作る仕事、本を届ける仕事はすべてが本来そういうものだ、と気づく。

「具体的なひとりの読者のために、本を作っていきたいと考えています。」と夏葉社のホームページに書いた島田さん。多くの本屋さんは、夏葉社を「応援したい」と思う気持ちのもっと奥のほうで、圧倒的に共感し、自身の志をも島田さん本に乗せながら、夏葉社の本を店頭に並べるのだろうと思う。夏葉社の本を売る人も、買う人も、読む人もみんな、本というものの本質を、島田さんの仕事のなかに確認しながら。

あらすじ/『あしたから出版社』島田潤一郎

吉祥寺の出版社「夏葉社」の代表・島田潤一郎さんが、自身の生い立ちや20代に経験してきたこと、会社立ち上げのきっかけと経緯、そして現在に至るまで一冊一冊を大切に作り発刊してきた日々のことを書いた自伝。夏葉社設立から5年を経た2014年に発刊された。

案内者プロフィール

鈴木朝子。1977年千葉県生まれ。編集者。株式会社アピックス勤務。ふだんは企業・学校の広報媒体(コンセプトブック、ブランドブック、社史など)のライティング・編集に携わる。選書の仕事としては高校生に向けた「はじめの1冊×100」「将来をかんがえる10冊」など。当サイト主宰。

あしたから出版社

書籍情報

『あしたから出版社』(「就職しないで生きるには21」シリーズとして2014年6月晶文社より発刊)
晶文社から発売中。