選定者私物の本

案内文02

「誰もがワクワクできる稀有な一冊」出版企画編集者・岡田 卓

『マチルダは小さな大天才』ロアルド・ダール

児童文学と呼ばれる作品であるが、年齢に関係なく夢中になって楽しめる稀有な一冊。これまで本なんて読んだことない、という高校生にはこれ以上ないお薦めと言える。

物語は一見単純そうに見える。主人公である5歳の女の子マチルダが、理不尽な振る舞いを繰り返す大人たちを、並外れた才知で次々に懲らしめる痛快勧善懲悪劇が繰り広げられる。最初のターゲットは父親のミスター・ワームウッド。商売(=詐欺)のことしか頭にない無教養の俗物だ。「女の子は黙ってニコニコしていればいい」「本なんて読むな。テレビを観てりゃあいい」と言い放ち、天才的能力を持つ我が娘を無能扱いする。怒鳴り散らすばかりのこの父親に、マチルダは叡智に溢れたいたずらで幾度も仕返しし、ぎゃふんと言わせる。スカッとすることこの上ない。

小学校に入学すると、「子どもは大嫌い!」と公言する凶暴かつ高圧的な女校長ミス・トランチブルに闘いを挑む。ここではマチルダの“仲間”も登場する。女校長の好物チョコレートケーキを盗み食いしてみせる上級生ボッグトロッター。彼は全校生徒の前で想像を絶するような巨大チョコレートケーキを無理やり食べさせられるという復讐にあうが、見事にすべて食べ尽くすことで聴衆の拍手喝さいを浴びる。クラスメートのラベンダーは、女校長のために用意した水差しにイモリを入れる仕返しを試みて一矢を報いる。

マチルダにとっての“味方(=理解者)”も現れる。担任の女性教師ミス・ハニーである。そして、この二人が、“師弟”から“親友”の関係へと変わる頃から、併行してもう一つの物語とも言える心温まるヒューマンストーリーが展開される。幼くして母親を亡くし、継母(ままはは)代わりの伯母に虐め抜かれていた“親友”の身の上を知ったマチルダは、今度は彼女のために練りに練った仕返しを考案し、全身全霊をかけてある練習を重ねたうえで、それを実行に移す。最後は、“親友”を救うことに成功したマチルダ自身も、理不尽な境遇から脱し、自らの意志で自らの道を歩み始めようとする。

2つの物語はいずれも、5歳の女の子の感性豊かな視点で描かれた世界である。当然、登場する敵なる人物はデフォルメ(=変形・歪曲)されており、大人の眼から見れば、現実的とは思えない面も少なからずある。それでも十分に楽しめるのだが、子どもの頃に読んでいたら、見える世界も異なり、ワクワク感がもっと大きかったに違いない。この作品に少しでも早く出会えた人がとても羨ましく思えてくる。

あらすじ/『マチルダは小さな大天才』ロアルド・ダール 著 宮下嶺夫 訳

幼くして文学や数学に親しむマチルダは、その天才的な頭脳ゆえに両親からも小学校の校長からも疎まれていた。ただひとり、担任の先生だけはそんなマチルダに敬意を抱き、ふたりの間には生徒と教師の立場を超えた友情が生まれる。大人たちに抑圧された才能や好奇心が羽ばたくさまを痛快に描いた物語。世界中に読者を持つイギリスの作家ロアルド・ダールの作品で、これを原作とした映画やミュージカルも作られている。

案内者プロフィール

岡田卓。1958年東京都生まれ。株式会社アピックス代表。企業・学校等の周年史・コンセプトブック等の企画・ライティング・編集に携わる一方、「中国(生活文化)」「人物」「ニッポン(伝統文化×ing)」などに関する出版企画に取り組む。近年は「行動なくして前進なし」をモットーに、“凄い!”と感じた魅力的な「人」を取材し、自社のWeb雑誌で情報発信する試みに力を入れつつある。

マチルダは小さな大天才

書籍情報

『マチルダは小さな大天才』(1991年評論社から発刊)。
評論社から「ロアルド・ダールコレクション16」として発売中。