案内文01
「もう二度と読み返したくない、それほどに最高のラブストーリー」
写真家・伊藤佑一郎
『教団X』中村文則
この度紹介文を書かせていただくにあたり、本書を読み返そうとして家の中をくまなく探したのだが、どうしても見つからなかった。そしてそのことに少しほっとした自分がいた。この中村文則著「教団X」はとてつもない良本だが、それと同時にとてつもない重厚感で読みすすめる者の精神状態に多大な影響を与え、それは日常生活に変化をもらたすほどであり(自分にとってはそうであった)、物語の展開がわかっていながら読み返すには気が重くなる本である。読み返す気がしない。それほどの衝撃がこの本にはある。ラース・フォン・トリアー監督、ビョーク主演の映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や岩井俊二監督、市原隼人主演の映画「リリイ・シュシュのすべて」が同様に私のこれにあたる。
なのであえて読み返さずにうる覚えの記憶をたどりながら、紹介文を書いてみようと思う。
アメリカ・デイヴィット・グーディス賞を日本人で初受賞した著者の、未だに物議が止まない話題本である本書のあらすじは、amazonや数々の書評サイトを参照していただければ済むだろう。2つの新興宗教を中心とする本書の物語はフィクションであるが、ヒリヒリするような現実味がある。そして多くの信者でない人々がその実態を垣間見ているような、おそらく入念な取材に基づいたであろうルポルタージュの要素も強い。新興宗教への曲解や偏見であるという人もいるかもしれないが、多くの新興宗教に関わりのない人々はこのように新興宗教をみているという一種の代弁でもある。
主要な登場人物が数名登場するが、私は主人公の楢崎とヒロインの立花涼子が特に印象深く残っている。楢崎は立花を追い、立花は別の男を追う。新興宗教という極めて非日常な環境で、不健康な恋愛であることを知りながらもそこにわずかな可能性を妄想し、誰よりも健全な恋愛を求める二人は次第に心も体も蝕まれていく。「これ以上踏み込んではだめだ」、「身を滅ぼすに決まっている」と二人ともわかっているにも関わらず、一つの恋に固執してしまう。日本には1億3千万人の人口がいるわけだし、国際結婚も普通になってきた昨今の社会事情から考えれば世界人口は70億人であるから単純に2で割って、異性を恋愛対象とする場合は35億人の恋愛対象がいる。こうしてちょっとでも俯瞰して見ると二人の行動は馬鹿馬鹿しいし、やめとけよと思ってしまう。しかし二人には助言してくれる友人もいなければ、大人になるまでのデートして手をつないでキスをして二人の心を確かめ合うといった健康な恋愛経験がない。唯一それができたのが楢崎であれば立花なのだから、当然それを忘れられない。この二人の心境はいわゆるアニメでいうところの「セカイ系」に等しい。
この部分だけ抽出すれば、かつて絶大な人気を誇ったテレビ番組の「あいのり」や近年その「あいのり」のアップデート版として人気の「テラスハウス」をみている感覚にも似たものがある。あいのりであれば世界旅行、テラスハウスであればシェアハウスという特異な限られた空間の中で、限られたメンバーと苦楽をともにする。そこに恋愛が生まれる。「この中から恋人見つけてください」と言われると何となく誰かを好きになってしまう。
そう考えると、恋愛って詰まる所こんなもんだよなという気がしてくる。特に初恋の時を思い出すと、彼女の一挙手一投足が気になり、会っている間も離れている間も頭の中が全て彼女だったなと。楢崎と立花の気持ちは至って真っ直ぐで、でも一読者としてそれがどうにもこうにも見てらんない(読んでられない)理由はただそのフィールドが木漏れ日の並木道でも、朝日が射す教室でも、星降る砂浜でもなくて、新興宗教の施設の中であっただけかもしれないと。
宗教論以外にも政治観やテロリズム、性概念など本書には多くの重ーい要素がギュウギュウに詰め込まれている。このことに関してこの本への様々な肯定的な・否定的な意見がある。そこに対して私は特に意見はない。それは読み方が深くないからかもしれないし、知識が足りないからかもしれない。ただ一つ思うのはそれらはこの恋愛をドラマチックに演出する装飾であり、伏線なのではということだ。
今年で33歳になり、10年連れ添った最愛の人と結婚し、子供が来年には生まれるといった割と年相応の人生を歩んでいる自分にとっては、何もかも不確かで不安定であったかつての甘酸っぱい恋愛を思い出す物語であり、ちょっとうらやましくもある純愛がここに描かれている。
あらすじ/『教団X』中村文則
不意に自分の前から姿を消した女性を探した彼は、ある宗教団体にたどり着く。さらに団体と敵対するカルト教団の存在をも知ることになる。登場する4人の男女それぞれが、自らの人生を互いのそれと絡み合わせていく。貧困、性、テロリズム、それらに端を発した宗教の存在。著者はこの長編物語を通して現代社会が抱えるさまざまな課題を読者に突きつける。
案内者プロフィール
伊藤佑一郎。1985年生、写真家。法政大学卒業後、東京綜合写真専門学校で写真を学ぶ。主な受賞歴に金沢21世紀美術館 BIO ART HACKATHON グランプリ、Tokyo Front Line Photo Award 2015 入選など。CIVILTOKYO メンバー。beacon communications k.k アートディレクター。
書籍情報
『教団X』(集英社/2014年発刊)。
単行本、文庫本(集英社文庫)ともに発売中。