案内文01
「汝の若き日に、汝のビバップを覚えよ」編集者・井出徹哉
『路上』ジャック・ケルアック
自身が高校生の時に読んで感動した本、が紹介できたらよかったのですが。そういう本ももちろんたくさんあります。でも、私が紹介したいのは「これを高校生の頃に読んでおきたかった!」と後に激しく後悔したこの一冊。ジャック・ケルアックの『路上』です。今は英語の原題「オン・ザ・ロード」という名で文庫化されています。読んだのは大学を卒業し、就職して数年経った20代の頃でしたが、高校生の頃に読んでいればバックパッカーになっていたかも、と真剣に思いました。それくらいこの本は「お前も路上に立ってみろよ」と強い磁力で今なお多くの者たちを惹きつけています。
疾走する若者たちの行雲流水の様、刹那の同道に強烈な人生の断片を残して去っていく行きずりの旅人。出逢いと別れ、不理解と赦し。全ての想いをのせて続く路。路は多くの者たちが通ってきた青春や人生そのものの寓意として、持て余した激情を叩きつける対象として存在します。全編を覆うビバップのリズム感に身を任せ、彼らの熱気に乗せられて一気に読み切るのがおススメですが、あまりの激しさに休み休み読む人もたくさんいます。でも、そこが本のいいところ。数年後に読み継いでも、何度読み返しても、「いいね、いいね」と体を揺する心優しいディーンはやっぱりメリールウを永遠に殴ることができずに親指を傷めてますし、それを見てサルは呆れ顔。皆が探してるエルマー・ハッセルはやっぱり姿を現さない。
なにもドラッグとセックスにまみれた登場人物達の自傷的な不摂生を真似することが若さの冒険だと言っているのではありません。一度、自分の行動限界を疑ってみろ、と。それは空間的なことかもしれませんし、肉体的、精神的あるいは社会的なことかもしれません。大事なのは「解って行動なんてしなくていいんだ」ということです。そんな勇敢さと、目に映るもの全ての「感じ方」を教えてくれる偉大な聖典。もちろん20代にも、40代にも、その世代にしか実感できないことはあります。でも、10代後半のそれは別格。触れれば切れるような感覚に自身が慄いているうちに、一度、枯れ野を駆け巡る「漂泊する者」になってみるのもいいのではないでしょうか?
あらすじ/『路上』(『オン・ザ・ロード』)ジャック・ケルアック 福田 実 訳
1950年代後半のアメリカ文学界に新しい流れを生んだグループ「ビート・ジェネレーション」の旗手であるジャック・ケルアックが、自らの放浪体験をもとに書いた自伝的内容の物語。作家であるサルと親友のディーンが自由を求めてアメリカ大陸を旅する様子は、今いる場所への“安住”を良しとしない若者たちの心を描き出す。多くの芸術家に影響を与え、不滅の青春の書とも言われる伝説的な小説。
案内者プロフィール
井出徹哉。1971年鴨川生まれ。編集者。10代後半は三島由紀夫、澁澤龍彦、稲垣足穂、ホルヘ・ルイス・ボルヘスなどを読み耽る。最も感銘を受けたのは足穂の「黄漠奇聞」。三島の右翼思想にかぶれては政治集会に参加したり、巡礼がしたくなってはエルサレムに行ったり、美大を志望してはデッサン地獄に耐えられず挫折したりする。国際基督教大学在学中に、人の営みを書き留め、未来に伝える「史(ふひと)」という職に強く憧れるようになる。大学卒業後、大手印刷会社に就職(拾ってもらう)。受託編集の部署で、ありとあらゆる業種の企業の社史など企業内出版物の編集を手掛ける。
書籍情報
『路上』(1959年河出書房新社より発刊)
2007年に『オン・ザ・ロード』として新訳(青山南)で文庫化、現在も河出書房文庫として発売中。世界文学全集(池澤夏樹個人編集)の第1集にも選ばれている。