案内文02
「フルセットかよ、この野郎」編集者/ライター・月岡 誠
『鉄輪』藤原新也
私にとっての藤原新也さんは、大学時代に出た『東京漂流』『メメント・モリ』(ともに1983年刊)の人です。安定成長期だった当時、寮に住む地方大学生の私は、月に200円の寮費と12,000円の寮食代(朝・夕)さえ払えばOKという、貧乏ではあっても、“なんとなくクラシテル”な状況でした。そういうところに、「みんな嘘くせえんだよ、この野郎」という感じで出たのがこの2冊。後者の「人間は犬に食われるほど自由だ」というコピーは強烈で、数年後、彼女に「月岡くんはどういう死に方したい?」と問われた際、うっかり「野垂れ死に」と答えてしまったのも、この影響が若干あったかと。つまり、無頼派で一匹狼として生き死にしたい、みたいな。
『鉄輪』はそうした藤原さんの回顧的な写真文集で、高校の時に父親の営む旅館が倒産、父母と共に門司から山奥の温泉街・鉄輪に引っ越し、そこから東京の大学へ進学するまでの2~3年の月日を書き留めたものです。
一読しての感想は、「うらやましい」。引っ越すまでのかっこいい(と推測される)生活、そして没落後、生計を助けるため働かなければならない試練。転落しつつも、稼ぐために客引きまでやる根性のある70歳(!)の父親(藤原さんに中古ギターを買ってやる思いやりも)。そして、ボケた隣人やその奥さん、旅芝居の座長など、地方の片隅に生きる人々との交流、身近にある死との遭遇、そして東京への旅立ち――。この間、ヤクザの息子と組んで学校でストライキも。慣れないバイトに戸惑う藤原さんを怒鳴り、尻を蹴り上げて働かせつつ、工事完成の際には意識的におひねりをたくさん投げてくれる、泣かせるおっちゃんにも会ってる。もちろん、こうした人々・出来事を克明に記憶に刻み、20年以上経って撮った写真(田舎臭さ満点の商店とか、いいんだこれが)と組み合わせて語る藤原さんの力、さまざまな「生」を伝えるこの本の魅力は認めるしかないんですが……もう、魅力的に成長する高校生活がフルセットで揃ってんじゃん、とやっかむ自分もいるわけです。
一方で今、自分がこの本に出てくるような「大人」になれたのかといえば、忸怩たる思いしかありません。人生の陰影もにじませられないし、野垂れ死にする気力もあんまりない。せめて、藤原さんの隣に住んでいたボケおじいさんみたいに、プチ劇的な死に方ができればと思うばかりです(なお、件の質問をした彼女の理想は「南の島の木の下で、美味しい飲み物を飲みながら好きな音楽を聴いて、好きな本を読んでいる時〈昼寝している時だったかな〉に、ヤシの実が頭にこつんと落ちてきて死んじゃうの」でした)。
あらすじ/『鉄輪』藤原新也 2000年
著者がかつて住んだ鉄輪温泉地(大分県別府市)を舞台に、10代の少年の心象風景を描いた自伝小説。著者の実家は、福岡県の門司港にあった大きな旅館だった。商売に失敗した父について、家族は各地を転々とすることになる。裕福な生活から一変、小さな温泉地で過ごした昭和30年代のことが、31の写真とエッセイで綴られる。
案内者プロフィール
月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也。
書籍情報
『鉄輪』(2000年4月発刊)
2018年現在、絶版。古書店やAmazonマーケットプレイスなどで購入可能。