選定者私物の本

案内文01

「あなたは私の青春そのもの」
マーケティングマネージャー・中島一郎

選定者

『ルージュの伝言』松任谷由実

日本の歌姫、松任谷由実が母校に来てコンサートを行ったのは、私が高校3年生の頃だった。

それはちょうど、「時のないホテル」を発表した頃だっただろうと思う。その作品が描きだして見せた恋愛の風景は、男子校に通っていた自分には、経験したことのない大人っぽい艶のある恋のお話だった。

なにしろ男子校に通う高校生が恋愛のいろはを知っているわけもなく、女の子とは喫茶店で珈琲を飲んだりするのがやっとの時代だった。それでも本人は付き合っているのだと思っていた。恋愛という言葉にリアリティはなく、およそ彩りのないものだったわけである。


彼女が本書「ルージュの伝言」の中で、自分の作品について語っている言葉がある。


ラブソング書いていても、ラブソングを書いているとは思ってないの。ラブソングという設定をかりて、もっと他の風景とかをいいたいの。日の光や、水の影や。


ユーミンの曲の中で、私たちは、いくつかの恋愛の情景を見ることになる。瞬間の輝きみたいなことだと本書には書かれている。ラブソングではあるのだが、心情が言葉で説明されているのではなく、絵画のようにその瞬間が切り取られている。

この絵画のように瞬間を切り取る手法は、彼女が美大で絵画を学んでいたという経験に基づくものだろう。本書でも、芸大をめざして受験勉強をしていた頃の気持ちや、家庭教師の先生との思い出が語られている。その後、音楽という別の道に進むことになるが、彼女のベースを形作っているのは、この青春期の経験なのだろう。


ユーミンのコンサートに一緒に行った女の子とは、帰り道で、どの曲が一番好きかとか、たわいもない話をした。当時の淡い気持ちは、曲の中に描かれているような大人っぽい展開をみせることもなく、静かに終わりを告げた。


私の心のギャラリーにある

あなたの描いた風景は

悲しいほどお天気


「悲しいほどお天気」という作品は彼女が絵の学校に通っていた頃の思い出話だという。

宝石のような言葉の数々、恋愛そのものというより、自分がそのとき、確かにそこにいたという実感、その空気や風を、詩とメロディという形式がしっかり残してくれている。本書は、作品の後ろにいるちょっと空想癖がつよい女の子の素顔を伝えてくれている。恋をしたいと思っている高校生に、ユーミンの世界をもっと知ってもらいたい。

あらすじ/『ルージュの伝言』松任谷由実 1983年

2017年にデビュー45周年を迎えた歌手・松任谷由実が20代だった頃のインタビュー集。幼少期から思春期にかけてのこと、デビュー間もない「荒井由実」の時代の出来事や楽曲の誕生エピソードなどを、さまざまな楽曲の歌詞とオーバーラップさせながらと紹介している

案内者プロフィール

中島一郎。1963年、東京生まれ。電機メーカーで20年以上に亘りマーケティング、宣伝、販促等の業務に携わる。日本の近代に関する読書会を不定期で開催中。プライベートは、ストリートダンスの練習に明け暮れる。

ルージュの伝言

書籍情報

『ルージュの伝言』(1983年1月発刊)
角川書店から発刊後、1984 年5月に文庫化。2018年現在絶版。古書店、Amazonマーケットプレイスなどで購入可能。